これもまた障害を持った子供のケースなんですが、普通学級に入学させる意味とは何なのかを改めて考えさせられました。

横浜の結大くん 「親の付き添いなしで普通学級に入学を」

 気管を切開し、たんの吸引が必要な横浜市の幼稚園児、前田結大(ゆうだい)くん(5)とその両親が、来春の小学校入学に向け、親の付き添いなしでの普通学級への入学を市に要望している。横浜市は「医療的ケア」が必要となる結大くんが通学を望む普通学級を支援するため、看護師の配置の検討を始めたが、実現には予算面など課題が多い。

 結大くんは鼻と口から呼吸ができずに生まれ、声帯まひで気道が狭まる「気道狭さく」と診断された。生後すぐに気管切開し、以後は喉に着けたカニューレと呼ばれる管からたんを吸引する医療的ケアを必要とする。

 現在は、看護師が常駐する川崎市の幼稚園に通園し、母直美さん(43)は付き添わずに園生活を送る。たんの吸引以外に障壁はなく、来春からは自宅近くの小学校に通い、兄昂大(こうだい)さん(10)とミニバスケットボールチームに入ることを楽しみにしているという。

 横浜市は現在、特別支援学校以外に看護師を配置していない。直美さんらが昨年、市に普通学級への付き添いなしの通学の可否を尋ねると、「前例がない」との理由で「親が付き添うか、特別支援学校に入学するか」との選択肢が示された。

 付き添いには親の大きな負担が伴ううえ、直美さんは「親が隣にいて、友達と遊ぶことができるだろうか。のびのびと学校生活を送ってほしい」と考える。結大くんと両親らは6月、市教育委員会に要望書を提出した。学校生活に必要な医療的ケアを含む配慮を保障し、親の付き添いなしでの普通学級への入学を実現できるよう求めた。(続きはリンク先にて)

引用元:毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20161003/k00/00e/040/195000c

この子は気道狭さくという病気を抱えていて、日常生活を送るにはカニューレという機器から痰を吸引しなければならないそうです。

そうなれば当然、看護師といった専門家による医療的なケアが必要になってくるのですが、普通学級にはその専門スタッフは在中していません。

となれば、医療的ケアを安心して受けられる特別支援学級に入学させるのが道理だとは思うのですが、この子の親は普通学級へ通わせることを強く希望しているとか。

それに対し横浜市は

直美さんらが昨年、市に普通学級への付き添いなしの通学の可否を尋ねると、「前例がない」との理由で「親が付き添うか、特別支援学校に入学するか」との選択肢が示された。

と返答したそうです。

市は至極当然の判断をしたように思えますが、記事を読む限りでは親は納得していない感じがします。なんだかな〜、ですね。

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まず横浜市は、「親が付き添えばOK」と言ってるんですから、付き添ってあげればなんの問題もないはず。にもかかわらずこの子の親は

「親が隣にいて、友達と遊ぶことができるだろうか。のびのびと学校生活を送ってほしい」

……なんだか単なる言い訳にしか聞こえません。

それに別に親がいようがいまいが、医療的なケアが必要とされている子供なんですから、健常者である子供と一緒に遊ぶにはどうしても無理が出てきますよね? 「他人との違い」ぐらいはすぐに理解できますよ、子供だって馬鹿じゃないんですから。

おまけに

学校生活に必要な医療的ケアを含む配慮を保障し、親の付き添いなしでの普通学級への入学を実現できるよう求めた。

正直、これは親のゴリ押しでしょう。あまりにも無責任すぎます。

この親はなんのために特別支援学級が存在しているのか全く理解してないですし、安全面でも金銭面でも行政にどれだけ負担がかかるかも考えていません。今時のヤクザもんだってここまではしないです(苦笑)

この子の親だけに限らず、時折同じような要求をする親っていますけど、一体全体、どうしてそこまでして普通学級に通わせてやりたいのか疑問に感じたことはありませんか?

そんな疑問に、私がズバリお答えしましょう。

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このテの親っていうのは障害者を思いっきり差別してるんです、内心では。

まあ「うちの子は障害者じゃない!!」と現実逃避している部分もあるかもしれませんけど、


「特別支援学級の障害者とうちの子が一緒なんて絶対にヤダ!!」


という本音があるんですよね。

要するに、自分の子供が障害者と「同類」にされることを忌み嫌ってる=差別しているので、このように無理難題を押し付けて普通学級に通わせようとするんです。

親のエゴでは障害を抱えた子供は育たない

本当に子供のためを思うのなら、親の価値観ではなく子供の視線に立って物事を進めていく必要があります。

障害は時に厳しい現実となって子供を襲うかもしれませんが、そういう時に子をフォローするのが親の務めであり、そして教育だと私は考えています。

何でもかんでも子供の思い通りにさせてしまっては健全な精神は育ちません。だからこその「教育」なんですが、近頃の親は、人として大切なことを忘れてしまっているような気がしてなりませんね。




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