妻の病状はアスペルガーなのか、それともアダルトチルドレンが原因なのか、実は今年に入ってから色々と私は頭を悩ませています。

一方は先天性の障害、一方は後天的な病状とどちらも根本的な原因は異なっているのですが、表面化する症状は似通っている部分が多いからです。


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例えば「鬱」一つをとって見ても、アスペルガー二次障害かアダルトチルドレンによるものなのか、その時々で首をひねることも多々あり、もう何が何だかわからなくなってしまうこともあります(苦笑)

そこで、改めて妻が一番苦しんでいる部分を突き詰めてみると、どうにもアダルトチルドレンの方が心を蝕んでいることがわかり始めました。

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いわゆる「毒親」が子をダメにする


以前も記事にしましたが、人がアダルトチルドレンになってしまうのは、幼少期の家庭環境に問題があるからです。

アダルトチルドレンの原因は機能不全家庭による部分が大きい

ちなみに私の妻の場合、話を聞く限りでは、幼少期の取り巻きはそりゃもう「酷い奴らばかりだ……」の一言に尽きます。

恐らくはアスペルガーなり発達障害である可能性が極めて高かった妻の父親が「絶対的な存在」、はたまた「暴君」となって家庭の頂点に君臨し、何から何まで自分の思うようにしていたことが問題だったわけですが、その中で妻は萎縮し続ける生活を余儀なく送らされ、結果として40年以上経った今でも家庭、特に父親の「呪縛」から逃れられずにいるようです。(もう亡くなっていますが……)


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そんな折、非常に興味深いニュースを目にしました。

“毒親”が与える影響…摂食障害、自己否定「他人との付き合い方が分からない」(yahooニュース)

このタイトルだけでも十分納得できるんですけど、


  • 摂食障害
  • 自己否定(自己肯定できない)
  • 他人との付き合い方が分からない→コミュニケーション能力の欠如


これらはどれもアダルトチルドレンの主な症状であり、私の妻も現在進行形で全く同じ症状で悩んでいるんですよね……。

特にこの中で厄介なのはコミュニケーションの問題でしょうか。これはアスペルガー症候群でも全く同じことが言えるので、どちらが原因になっているのかがとても判断しづらいんです。

しかしながら、最近の妻と接する限りでは、


「実はアスペよりもACの方が問題になってるのでは?」


と感じることが増えてきましたし、嫁と接する妹や姪っ子からは「絶対にACも入ってるよ」と釘を刺されているので、多分にそうなのでしょう、アダルトチルドレンについて調べれば調べるほど、納得してしまう部分が増えているんです。

それでは、どうやってその毒親の呪縛から抜け出すにはどうすればいいのか、これが大きな障害となっているようです。


なんでも否定的に考えてしまう悪い癖


私の妻は、会話の冒頭に必ずと言っていいほど「でも」「だけど」と否定的な言葉を付け加えます。

例えば妻の好きな買い物に行く際、


私「今日は買い物に行こうか」
妻「でも、天気予報が心配」
私「天気? 今日は雨は降らないって予報だよ」
妻「だけど私はまだ天気予報見てないし」
私「だったら今調べてみれば?」
妻「でも、パソコン開くのめんどくさいから」
私「じゃあまた今度にしようか……」



……と、こんな感じの会話になってしまうので、会話の主体である「買い物」をするという目的が達成されず、話があさっての方向に向いてしまったり、堂々巡りになってしまうケースがとても多いです。

また、他人の言葉、上の会話でいうならば私の「今日は雨が降らない」という言葉を根拠もなく否定してしまう癖があるので、建設的な話ができないといったパターンに陥りやすく、結果としてできるはずのものができなくなってしまうケースもよくあります。


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これがコミュニケーションの妨げになっているのは言わずもがな、結果的に妻は「自分で自分の首を絞めている」わけなんです。好きな買い物に行くことを、会話の流れで自分の言葉が「否定」し続けているため、行けなくなってしまったんですからね。

また、これだけで済めばいいのですが、今度は「なんで買い物に行けないの?」とイライラ感を募らせるから、私としてはたまったもんじゃありません(苦笑) 

今は慣れてしまいましたが(慣れちゃいけないですけど)、この「否定的」になる考えを根本から正さない以上、妻のアダルトチルドレンは治らないままなんじゃないかなと、最近は特に強く考えるようになりました。


否定する=肯定できない考え


否定の対義語は肯定ですが、この肯定という言葉は、辞書では次のように記されています。


こうてい【肯定】
(名)スル
@ 物事を,正しく妥当であると認めること。積極的に意義を認めること。同意。是認。「相手の主張を―する」「自分の人生を―する」
A 〘論〙 提示された命題を真であるとすること。


つまり、どんな正しい物事を認めない癖が妻にはあるわけですが、もしかすると今までの自分の人生というものを、深層心理から否定しているような気がしてならないんですね。

確かに妻は、絵に描いたような機能不全家庭で育ったので、それを認めたくない、受け入れたくないという根深い強い気持ちがあるんでしょう、今もなお随所にそのような部分が見て取れます。

もっとも、何をするにしても常に親の厳しい監視の目があったわけですから、「やりたい」心や気持ちよりも先に「やらなきゃいけない」「やらないと怒られる」といった強迫観念(強迫性障害)が先に出てきてしまい、物事を素直に肯定できない状態にあるのかもしれません。

さて、この強迫観念(強迫性障害)は、厚生労働省では次のように記されていました。


強い「不安」や「こだわり」によって日常に支障が出る病気です
引用元:厚生労働省HP
http://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_compel.html


また、世界保健機関(WHO)でも、生活上の機能障害をひきおこす10大疾患のひとつにあげられているそうなのですが、妻の場合はアスペルガー症候群が引き金となっている部分もあると思うので、そうなるともうお手上げするしかないような……(汗)

それでも「否定」する考えが、いろんな意味で妻にとっての障害にあることに変わりはないのですから、まずは何よりもこの部分を正す必要はあるはず。で、そのためには「肯定」する考え、特に「自己肯定」させることが大切だと強く感じるようになったんです。


ありのままの自分を受け入れるところから始めたい


私の妻は、自分の人生の大半以上を否定し続けながら生きてきました。傍目から見れば「輝かしい栄光」も、妻自身にとっては苦痛だったとのことですが、そこらへんの意識改革ができない以上、これからも妻は自分の障害や症状に苦しみ続けることでしょう。そのままなら、今後の人生が丸損になります。

良いことも、そして悪いことも自分で素直に受け入れることが出来ない以上は、いつまでたっても自分自身の存在価値がわからず、それこそ「生きる屍」の如き人生を歩んでしまうのですから、夫婦として、いや、人としてそれだけは避けるべきでしょう。


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アダルトチルドレンには様々なタイプがありますが、妻がどのタイプに当てはまるかはさておき、否定するだけの考えや価値観を矯正し、今現在、妻が置かれている社会的、家庭的なポジションを理解させつつ、そのポジションをありのままに受け入れさせることが、妻の根っこにある悩みを解消するベストな選択だと考えています。何というか、一旦アスペルガー云々のことから頭を切り離してもいいんじゃないか、ぐらいにさえ今は思うようになりました。

そのためには、何よりも私自身がしっかりしなくてはいけないのですが、勉強することが山積みなのもまた現実。前途は多難かもしれませんが、まだまだ人生はこれからだと思ってもう一踏ん張りしたいところですね。

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